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楽ちん♪簡単☆スピリチュアル

ちょっとしたコツで「簡単で楽ちんで楽しく」生きていくための方法をお伝えしています♪

道を拓いていこう❗️

『こんな時、どうしたらいい?』

悩んでいる時はまるで迷路の中にいるように、解決策(出口)が見つかりません。

でも、迷路は上から見ると一目瞭然。

悩みも近視眼的に見てるから、迷ってしまう。

もっと上から物事を見てみると、その時のベストが浮かんできます。

それはいわゆる『ハイヤーセルフ』とか『高次の存在』とか『内なる神』など言われるものです。
また、第六感、直感とも言われます。


心が落ち着いている時に『今、どのような行動をとればいいですか?』と質問します。

すぐに答えは来ない事もあります。
何日もかかる時もあります。

突然『これだ!』と閃く感覚は共通ですが、受け取る感覚は、言葉であったり、雑誌からの一文だったり、写真や絵などから受け取る感覚もあります。

ただ、質問してすぐの『これ!』というのは、思考の場合もありますので、そこはもう少し、質問を放置しておいてもいいかもしれません。

そういう意味で、人に相談するのは「自分の思考の外側の答え」が来ることがあるので、迷路の上から見てもらえる可能性があります。
相談する相手によっては、二人して迷路で迷う事もあるので、そこは相談相手を見極めてくださいね。

また、それと同じで、オラクルカードなどを引くのも一つの手。
ラクルカードは『ご神託』神様からのメッセージなので、どんなメッセージ性のあるカードが出るか分からないですからね。
これも、パッと見て答えがわかりやすいもの、解釈が難しいものなどもありますので、カードを扱ってる人に聞くのもひとつ。

とにかく今までと同じ思考で考えても、今までと同じ繰り返し…または、少しの前進です。

根底からひっくり返すような『そうか❗️』と思えるような答えが欲しいなら(そういう答えばかりではないけど)迷路の上から見る事。

道が拓けますよ♪

見たいものを見て感じたいように感じる

本当に、世の中シンプルなのに、複雑に考えてる私たち。

それは、過去の経験から学んだ事、感じた事が影響しています。

過去の悪い出来事を連想するような事は、自然と悪い方へ考えがち。

でも、過去と今は違うので100%前と同じ結果になるとは限らない。
たとえ、同じような結果になったとしても、それは何か『同じ結果になるような言動思考』をしているから。

そこから抜け出すには、全く違う方法、または真逆の事をする事で、何か打開策が見えてきます。

結局は『その嫌な現実のままでいいのか』
それとも『嫌なら変える言動思考を取る』ようにしなければ、結局は同じ事を永遠と繰り返すことになります。

山手線の線路はなにもしなければ、そのまま、グルグルと回り続けます。
線路の切り替えを変えれば、そのグルグルのルートから抜け出して、脇の車庫に行く事ができます。

同じは変わらない。

いい事は、そのまま続ければいいし、嫌な事なら、何か変える事で結果も変わってきます。

それでも変わらないなら、思い切りが足りないのか、似たり寄ったりな事を選択したか、その方法も合わなかった、というだけです。

99回の『違う』を体験して、もう辞めた〜と諦めたらそこで終わり。
100回目でうまく行くなんて保証はないし、下手したら1000回以上、思い通りにいかないかも。

ただね、『そこで諦めるか』『まだまだ〜❗️』と思うかで、人生は変わるし、諦める気持ちより、まだまだ!の方が未来を見てますから、心に輝きがあります。

諦めて違う事を探すのもいいんですよ。
自分がしたい事、楽しめる事を探す。これも未来を向いてますから。

でも『失敗した』と過ぎた過去の事をいつまでも眺めて落ち込んで、嫌な気分になってるのは、ちょっともったいないかな。
過ぎた事を考えても、何も変わらないから。
過ぎた事は『事実』は変わらないけど『見方』『それに対する思い・考え方』は変えられる。
それを変えるだけで、未来に対しての気持ちもガラッと変わるから。

思い込みでいいんだよね。
その『事実』なんて本人の思い込みだけなんだから。
悪いと思ってた過去の事実。
でも『悪い』と思ってたのは自分の思い込み、ちょっと受け取り方が斜めになってただけ。
その受け取り方の角度を変えたら、ストンと手の中に落ちてきて『あ〜そういう事だった❗️』と納得できる。

本当に腑に落ちて、納得できる事が『自分だけの真実』。

それでいいと思う。
その事で周りと揉めるような事がなければね。

都合よく明るい方へ向くために、ある意味、捏造してもいいとも思う。
これも周りは何も関係なく、個人的な事のみね。

うん、世の中シンプルに。
見たいものを見る。
感じたいように感じる。

すると、幸せになってくる。


スピリチュアルカウンセリング/オラクルメイク

「当たり前」を疑う

自分は何がしたい?

どこに行きたい?

 

自分が何をしたいかわからないって、多いです。

私もそうでした。

今だってわからないことがあります。

 

わからないってことは、本音の上に建前や言い訳をたくさん乗せてるってことですね。

それで本音が見えなくなってる状態。

 

だから、その一つ一つに「本当はどうしたい?」「本当はどう思ってる?」と少しずつ対話を進めて、本音を聞き出していかないと、本音にはたどり着かない。

 

なんで自分の本音を隠すのか?

 

「どうせ無理だから」とかいう思い込みや「めんどくさい」という感情、また「いつものくせ」という無意識もあります。

 

だから、本当を暴いて行くのには大変なときもあります。

だって「無意識」で行っていることもあるので、まず「その無意識でしていること、思っていること」自体に疑問を持たなくちゃいけないから。

 

普段当たり前にしていること。

 

これを「なぜいつもそうしているんだろう?」などという、違う角度から疑問に思ってみることが、本音を見つけるきっかけとなります。

 

 

「当たり前」って実は当たり前ではないことも多い。

無理やり「当たり前」にしてしまってるかもしれない。

 

自分の「当たり前」を疑ってみましょう〜!

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楽しくラクに生きるには

楽しく楽ちんに生きる

この文字を見て「そんなできるわけない」と思えば出来ないでしょう。

「私もそう生きたい!」と思えばそう生きられます。

同じ目の前の出来事をどう捉えるか?
どう受け取るのか?
どの角度から見るか?

それだけで気持ち「楽しく楽ちん」になります。

そして、その思考でいけば、選択する事もまた変わってくるので、どんどん楽しく楽ちんになるのです。

嘘みたいだけど、本当の話し。


本当に全然違うんですよー
この心構えで生きていくと気持ちが楽。
楽しい事も増えた。


私もまだまだまだまだ…ですが、この私のリアルな変身も見ていただければ、とも思います。

ほんと、鬱で対人恐怖症で目も合わせられない、お使いに行けば広場恐怖症で息苦しく下しか見られず、お釣りを受け取る時手が触れるのが極端に嫌で。
電車のつり革や手すりにも掴まれず、言いたいことは喉元まで来てもまた飲み込んでしまう。

そんな私も少しずつ変化する事が出来ました。

私の場合は自分にかなり制限をかけていたので、『自分にお金を使って好きな事をしていい』と許可していき、だんだんと不自由から自由へ変わっていきました。


楽しい事は「心がラク

実体験から来た思いです。


誰も自分の事を制限する事なんて(精神的に)無理なんです。

だから親のせいで、パートナーのせいで、子どものせいで、会社のせいで、アイツのせいで…は、みんな『責任転嫁』してるんですね。

自分で自分を縛り付けてるなんて思いもしないし、人のせいにする事で「自分責め」から逃れられるから。

本当は全然逃れられてないけど、表面的に気持ちがラクになるから。

だって私のせいだったら、もう行き場がないもんね。
「アイツが悪い!」とすれば「これはあの人のせいだから仕方ない」で無理やり納得できるから。
「私が悪いの…でも今の私にはどうしようもないの!」なんて思ったらドツボにハマるから。

だから、人のせいにする。

でもそうしている限り、楽しくラクに生きられない。
だって人を悪者にして、心のどこかでは必ず罪悪感が生まれてるはずだから。

だから、自分のせいだと辛いけど認めないと先に進まないんです。


『楽しくラクに生きる方法』これからもシェアしていきますね。

「犠牲」と「奉仕」の違い

「常にいい気分で在る」

 

これができていれば、悩みも深くならないし、争いも起こらない。

でも、できないがために、人は悩み苦しむ。

 

こんな単純なことなのに、なぜできないのだろう?

 

 

それは成長するとともに、単純なままではいられないから。

いろんなことを考えて、周りに合わせて、自分を犠牲にして、それで「調和」を保とうとしているから。

 

「調和」を保とうとしているのはいいけど、その方法が間違っているんだよね。

自分を犠牲にして「調和」って出来るかい?ってこと。

「調和」ってどの人も笑顔でバランスが取れていること。

 

周りの人は笑顔かもしれないけど、当の本人が眉間にしわ寄せて、四苦八苦していたら、それは全く「調和」とは言えない。

本当に「犠牲」としか言いようがない。

 

これは母親が子供のために、父親が家族のために、妻が夫のために、夫が会社のために・・・などそれぞれに犠牲を払ったりしています。

 

犠牲と似ていて非なるもの・・・「奉仕」。

奉仕、ボランティアだって他の人のためにすることです。

でもこれって「私したーい!」と手をあげた人がしています。(無理やりさせられている場面も多々ありますが・・・)

基本的には自主的にしたい人がやる、というものです。

 

自主的にやるということは、そういう事が好きな人とか、何かお返しで自分もしてみたいとか、そのものに興味があるとか、そういう人がします。

それが「奉仕」「ボランティア」。

 

犠牲は本当はしたくないのにしていることや、我慢したくないのにしているとか。

本心と違う行動をしたり、言葉にしたりしているときが「犠牲」です。

 

この心の在り方一つで、他者のための働きかけで、自分も幸せになるか不幸かが変わってくるんですね。

 

 

例えば、料理が好きで人に自分の料理を食べてもらうのが好きな人なら、いつも人を呼んでご飯を振る舞ったりします。

料理が嫌いな人で、誰かが遊びにきてご飯を作らなければいけないときなど・・・苦痛しかないと思います。

 

人といるのが大好きで、いつも大勢の人たちと出かけたりしてる人はいいですが、一人が好きな人が「たまには付き合わなくちゃいけないかな?」と大勢で出かけたりしたら・・・

「楽しく出来るかな?」という気持ちで出かけるならいいのですが、いやいや行ったとしたら、そのお出かけ自体あまり楽しくないし、帰ってからぐったりと疲れだけが残ります。

 

 

料理を作るのが嫌なら、

外に食べに行ったり

何かを取ったり

なんならお弁当やパンを買ってきて食べてもいい

のです。

今は美味しいお弁当もいっぱいありますから。

 

いくらいつも誘われたって、出かけたくなければみんなから何を言われても出かけなければいいんです。その方が気持ちが楽なら。

でもたまには付き合わないとな・・・と思うのなら、そこにいやいや参加するのではなく、自ら

「楽しいことあるかな?」

「みんなと行動するけど誰にも話しかけずに一人でいればいいや」

など、気持ちを切り替えて参加することでその時間がだいぶ変わります。

 

 

常に

「自分はどうしたいかな?」

「どうするのがいい気分でいられるかな?」

と自分の心に問い合わせる。

 

その問い合わせをいつもいつも、どんな些細なことでも繰り返しやっていると、「常にいい気分」でいられます。

 

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